1999年 1月−8月

改正基準法の精神で (1999年8月2日)

 「昨日までの仕事はすべて今日以後の準備行動に過ぎない。」  これは、尾崎咢堂76才の心境だそうである。目標を持って仕事をしても、なかなか思い通りに事は運ばない。萎えそうになった時、未来に向けて勇気付けて呉れる言葉である。
 改正建築基準法の施行によって、構造家の責任は非常に重くなった。施主や消費者の為に、設計した構造物の災害に対する性能保証を行う責任を負わなければならない。自然の災害を設計契約時に全て予測し、それに対して安全を保証する責任の代償に、設計料を頂戴することになった。責任をとるということは、仮に、地震で建物が損傷を受けたとき、全額設計者の負担で修復するということである。当然、保険会社が介在しなければ契約自体が成立しないし、保証する期間と安全を保証する地震の大きさの限度を設計者と施主との間で設定しなければならない。
 地震は、神戸の地震でも体験したように、その地域全ての構造物に一様な大きさでやって来るものではない。波のように山と谷が極く近隣でも交錯する。地震の強さを加速度で測るものと定めたら、構造物がどの程度の加速度を受けたかを後に立証しなければならないから、構造物の最下層に地震計の設置は、不可欠となる。気象台の観測結果に頼るわけにはいかない。
 今の所、日常的に設計業務に携わっている構造家達に、その心構えができているとは言いがたい。「その内、役所が基準を出してくるだろう」というのは、改正基準法の根本精神を理解していない言葉である。「安い設計料でそこまでは保証できない。」という逃げ口上では、災害から消費者を守れない。要するに、何処までを保証するかを施主との間で取り決めるわけだから、当然設計料との兼ね合いも考えることになる。「大地震の時には、壊れても仕方がない」と施主が言ったらどうなるのか。大地震の定義が曖昧では、到底性能保証などできはしない。
 建築というものは、被害の影響がオーナー個人もしくは私企業に留まらず、近隣にも影響をもたらすので、構造家は責任の大きさを感じなければ成立しない職業なのである。設計家と施主だけでは決められない最低限度の基準は必要になる。改正以前の基準法も元々「最低限度」と決めた筈であったが、いつの間にか、「それさえ満足すれば良い」という最高の基準に化けて運用されてしまった。
 今は、必要とあれば、動的解析も、弾塑性解析も設計担当者の手で納得のゆくまで行うことが可能である。コンピューターの解析速度は、ほぼ満足できるまでになった。鉄骨など建材の加工技術も進んでおり、設計家の意図通りの施工も可能である。旧基準法時代の経済優先から、後世に亘って良い仕事を残そうという強い意志を持って、設計時に完成までの全てを見通すような設計に取り組んで欲しい。

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大学の遅れを取戻せ(1999年7月5日)

 一般社会におけるコンピューターの実用化は急速に進んでいる。高性能のパソコンの基本ソフトを含めた機械そのものの価格は決して高価ではなくなった。性能の向上は利用者の利用目的を一段も二段も高める。その反面、人件費をも含めた利用コストは高くつくという場合も生じる。結果的にコンピューターの利用を高価にしている要因は、利用する人々の不勉強に基づくことが多い。その典型的な利用者の一つが、皮肉なことに最先端である筈の大学である。
 かつて、日米貿易摩擦を緩和する為の方策の一つとして、米国製のスーパーコンピューターを某国立大学に、政治的圧力によって導入させられたことがある。高速な演算を実現する為の素子の発熱を、液体窒素によって冷却するという触れ込みのその機械は、結局実用に供することなく、電気代年間3億円という途方もない出費を何年も行った末、スクラップになった。当時の大学の研究者達から、「その為に高速コンピューターの利用面で10年遅れた」とのぼやきが聞こえてきたものである。
 コンピューターの高速化の歴史は、素子の開発の歴史でもあった。コンピューターが非常に高価な時代、国に高速で高機能の大型コンピューターを1台置き、通信回線で結んだ利用者が共同で利用すれば良いと言われていたこともある。現在では、1人1台の高機能パソコンを、各自の研究、実務の道具として利用することが常識になっている。素子の開発は、開発した素子がどれだけ売れるかによって次の開発費が調達できるから、特別に開発した高速コンピューターに向いた素子を数少ないその機種だけに使うだけでは、いずれ息切れし、勝ち目が無かったわけである。
 EWS(エンジニアリングワークステーション)とパソコンの関係も、同様のことが言える。構造設計の分野では、いまだにEWSの方が性能が優れていると考えている大学教授が多いのは、余程メーカーの教育が良かったか、教授達が不勉強であるのか。
 文部省の予算と大手コンピューターメーカーを援助する経済政策との関係は、筆者の関知するところではないが、相変わらず高価なEWSを大学向け特別価格で導入している研究室が多い。
 今や、コンピューターは研究の重要な道具である。道具の良否が研究の内容に及ぼす影響は計り知れない。性能の低いコンピューターを使えば、研究者の労力が倍加する。学生たちに与える影響は更に大きい。最適な道具を使う習慣を身に付けさせておけば、道具の識別能力が自然に備わるものである。
 新たな政策や技術基準などの策定に、有識者として大学教授がかり出される場合が多いのだから、コンピューターの最新情報や最良の利用法などの研究も積極的に行って、世間に遅れないように努力することも、大切である。

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図面から数値模型へ(1999年6月8日)

 コンピューターの製造技術が進み、価格低下と処理速度の向上の結果、あらゆる分野で人間の頭脳を補填する道具として利用される時代がきた。加えてデータの通信環境が整備され、居ながらにして遠方の技術者達との技術情報の授受が可能になった。
 建築物の製作現場では、精度の良い工場加工品の部品を搬入し、各種の建設機械を利用しての組立作業が、現場作業の主流となっている。工場における材料加工は、数値制御による機械加工によって精度を上げ、効率が向上した。問題は、どの材料をどの順序にどのように加工するかという情報を、設計図面から直接読みとれず、加工に着手するまでに、幾多の工程を経なければならないことである。躯体図を描き、構造躯体と設備部材の空間的な競合状態をチェックし、相互に相手側に致命的な損傷を与えることがないことを確認する。もし競合が発見されれば、回避の方策を検討する。場合によっては躯体図を変更する。各種の仕上げ部品との競合も検討しなければならない。タイルや石の割り付けのために、間仕切壁位置の移動を行う場合も発生する。これらの作業の殆どを施工者が受け持ち、設計者は報告を受けて、要請があれば必要な指示を出す。
 従来我が国に於いては、上記の作業は極く当然のこととして行われてきたのであり、設計から施工に到る各種専門職の役割分担が自然の内に決まっていた。設計図面がそのまま加工用の情報としては利用できないことも、当たり前のことであった。
 数年前から欧米では、進歩したコンピューターの利用技術と通信環境の利用を前提とした新たな、国を越え、地域を越えた材料調達の仕組みを検討している。いわゆるCALSである。我が国でも、業界毎にCALSの推進について検討が行われているが、建設に於いては旧態依然として、2次元の図面を主体とした手作業による設計の域から脱却しようとする気配が感じられない。
 設計者の意図をそのまま施工するためには、設計者が建設資材の工場加工と現地搬入、組立の手順まで、設計時に決めておかなければならない。伝統的な製図用具でそこまでの設計を行うことは不可能である。高速のコンピューターと勝れたモデル構築用ソフトに加え、全ての材料を拾い出し、加工情報に分解する周辺ツール、加工を終了した材料の現地搬入順序と組立作業の模擬テストなどを行うシュミレーションまで、設計者の手元で行う。プラモデルの組立のように、コンピューターの画面上で、組立のテストを行うのである。
 全ての材料について模擬的な実験を行う為のソフトウエアの素材は、既に揃っているのだから、後は実地に使いながら不備を正す時期にきている。設計者がいつまでも旧態から脱却できないでいると、外国からの技術者に置いて行かれてしまうかも知れない。

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SI単位系の押付け(1999年5月11日)

 移行猶予期間を半年後に控え、建設関連行政のヒステリックとも思えるSI単位系への移行の押し付けが目立つようになった。既に、我が国では平成5年11月から施行の新計量法によって、力の単位系が変更され、平成11年10月以降には非SI単位系が禁止されることになった。違反すれば罰金刑である。そういえば、数年前に構造材のJIS規格の呼称が変わり、SD30がSD295などに変更になっていた。
 単に呼称が変更になるだけならお上の命令におとなしく従うが、1立米の水の荷重が1トンでなく、例えば9.8キロNに変更になるのは、構造家の頭脳の働きを著しく阻害する。国際化の流れに沿って、新計量法に改正するのは担当官庁としては当然の成りゆきであったろう。建設省の中でも土木に比べてマイナーな建築、建築の中でも更にマイナーな構造家が困ったところで、ほとんどの技術者は痛痒を感じないであろう。
 単位系はそれを利用していた技術者にとっては、身に付いた文化であり、理屈で分かっても体は動かない。コンピューターの普及した今日、構造家の頭脳に長年に亘って蓄積された様々な数値は、ソフトウェアのバグや入力データの数値の間違いを発見する唯一といってよい手段である。コンピューターの出力結果を一瞥して、「何かおかしい」と感じる能力は、現在のコンピューターの性能では到底カバーできない。
 縦割り行政の欠陥の中で、計量法の改正という法律を、知らぬ間に通されてしまって、気がつかなかった構造家達は、今、社会から淘汰されてしまうかもしれない危機に立たされている。それに追い打ちを掛けるように、行政はSI単位系でなければ「確認申請を受け付けない」と言い始めている。弱いもの苛めと抗議したところで、「今頃、何を寝ぼけたことを」と一蹴されてしまうに相違ない。
 我が国の憲法によれば、「第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をした為にいかなる差別待遇も受けない。」とあり、行政の横暴に抗議する手段は一応残されてはいる。しかし、社会的に見れば極めてマイナーな構造家など、「そのうち静かになる」と高を括られている。
 天気予報の気圧の単位呼称がある日を境にミリバールから、ヘクトパスカルに変わっても国民は何の痛痒も感じないが、1トンの荷重が、10キロNに変わるのは、構造実務家にとって致命傷になる。建築基準法の施行令に基づく各種の技術基準類に関しては建築学会も建築センターもその対応が遅れており、10キロNにするか9.8キロNか9.80665キロNにするかさえ決めかねている。
 せめて、当分の間、担当行政は静かに黙認していてほしいというのが、今となっては弱者の願いである。

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数値実験用のモデル(1999年4月6日)

 コンピューターの性能が漸く実用期に達した。建築設計の分野にコンピューターを導入してから30年あまり、高価で性能の低い機械に慣れされ続けた為に、既に実用期に到ったことに気の付かない利用者が多い。過去に、さんざん不自由で高価なコンピューターに苦しめられた世代の技術者達は、今や大半管理職に付いている。一回の静的解析に何百万円も支払わされた経験を持つ人は、自分がデーターを間違えた為に高価な解析を何回も繰り返して、多額の支払いを計算センターに行った恐ろしさが忘れられない。それらの技術者達は、実際にコンピューターのキーボードに触れる機会を得られぬまま、管理職として性能設計を行う立場にある。建設機械の場合、人手を機械化して能率と品質の向上を目の当たりにすることができるが、コンピューターの処理の場合は、結果の判断が非常に難しい。
 実際、これから性能設計をどうするかを論じる場合、動的解析を欠かすことはできないが、動的解析モデルは各層の質量が重心に集中しているとする、集中マス形式にモデル化して計算する方式を、長い間用いてきた。3次元に広がりを持つ不整形な形状に、ランダムに質量が分布する建築構造物を一本の棒に各階の質量が集中するとしてモデル化する方法は、コンピューターの性能が低い時代のやむを得ぬ選択であった筈である。やむなく理想化した解析モデルによる解析結果には、多くの工学的な判断を必要とする。コンピューターに依る解析だから正しいなどという言い方は以ての外であるが、解析結果に一抹の不安を感じながら、各所に安全弁を設けた設計を行って、安全を願っていた。
 手元にある高性能のコンピューターを用いて、なるべく建物の原型に近い解析モデルを作成して解析を行えば、建物の構造的な性能が実感できる。部材の大きさを変更し、地盤条件など周囲の条件を変更して、繰り返し解析結果を観察すれば、構造的な弱点が見えてくる。かつて、ボール紙などで模型を作り、変形などを観察したように、コンピューターによる解析は、数値実験を行って設計上の欠陥を自分自身で発見する手段なのである。
 コンピューターの高速化によって、3次元CADも漸く快適に動作するようになった。3次元CADに依る設計モデルは、鉄骨の加工データや、コンクリート躯体図になる。施工に直結する設計モデルから得られる3次元解析モデルを駆使して、施主や最終利用者のテナントに対して性能保証を行うことが可能になっているという事実を、既に管理職となっているかつての技術者達に、是非とも理解して欲しい。そうでなければ、折角基準法を変更し、性能を保証できる設計技術者として社会に貢献できる機会を逃してしまう。過去の経験に加えて、在るがままのモデルを扱えるコンピューターを手足のように使う時代なのである。

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免震材の普及を急げ(1999年3月5日)

 地震に対する性能保証を行うことは、従来行ってきた設計慣習の範囲では困難である。設計者の中には安価な設計料で、性能を保証することなど到底できはしないとなかば諦めている向きもある。しかし、利用者の立場からすれば、安全を保証できないような建築をすること自体、許されない行為であると考えることが自然である。目前に迫った新法の施行を、呆然と待っているわけにはいかない。
 性能を発揮できない場合の責任の取り方について、設計者と施主、或いはその建物を使用する利用者との間で取り交わす契約文書の内容を、想像してみる。仮に、設計者と施主の間で、もし建物が地震で倒壊した場合、建て直しに要する費用の全額を設計者が負担すると取り決めた場合、保険会社を抜きにしては成立しない。保険料を保険会社が見積もる場合の根拠は、どの程度の確率で支払いが生じるかを、算定することから始めるであろう。向こう10年の間に保証する強さの地震波をその建物が受ける確率、その地震波に対して建物が被る被害の確率などをある程度科学的な裏付けをもって算定する。その時、地震波を様々な周波数を均等に含む最大加速度によって規定したとして、実際に地震波がその規定を越えたか否かの判断には、建物の基礎に敷設した地震計によることが必要になる。地震波の強さは、地域全体に均等ではないからである。このことは、神戸で立証済みで、ブロック1つ隔てて、倒壊した町並みと、残った町並みが交互に生じた現象を思い起こせば良い。
 このように責任範囲を限定した場合を想定して、設計した建物の安全性を動的解析などの手段によって検討することはできる。ところが、試行錯誤を繰り返すと、保証限界に確信を持てるだけの設計は、従来の工法では実現しにくいことに気が付く。従来から、中規模建築物の地震応答解析の結果を見て、基準法に定められた設計用震度との乖離の大きさに愕然とした経験があったが、解析方法に問題があって、実際にはそれほど大きな震力が建物には入らないのではないかと、楽観的に考えて過ごしてきた。現実に、神戸の被害を見て、従来の動的解析の結果は、間違っていなかったとの感を深めたが、一方では、性能保証など不可能ではないかとの不安も高まった。
 神戸での数少ない免震構造の建物が殆ど被害を受けていなかった実績は、高く評価しなければならない。中小規模の普通の建築物に使える安価なアイソレーターやダンパーが欲しい。ほんの少しだけでも震力を軽減できれば、他は従来の構造で十分耐力の保証ができる。これは、コンピューターによる解析で、十分裏付けを取ることができる。現在の免震材は、いかにもコスト高であるが、普及すれば次第に使いやすい建材になることは、過去における新商品の普及の過程と同様であろう。普通の建築物を免震構造にする免震材を、建築金物の一種として購入できる日が待ち遠しい。

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見習うべき米国方式(1999年2月4日)

 米国には、パブリックドメインの技術関連ソフトが沢山存在する。建設関連では、カリフォルニア大学バークレイ校の地震工学研究センターのソフトが有名で、NISEEという配布機関を通じて配布の為に必要な原価程度の安価な金額で配布している。我が国でも、多数の土木・建築の研究者、実務者達が利用している。NISEEのソフトのマニアルなどの記述によると、既に30年近い歳月に亘り、多額の国家予算を投じてサービスを継続している。これらのソフトの所有権は、ソフトを開発した研究者にあるが、ソフトの改変は自由である。もし利用者が、ソフトのバグを発見した場合、NISEEに連絡すれば、ソフトの改良が行われる。ソフトの内容は非常にレベルが高く、ハードの種類やOS(基本ソフト)などに依存しないように作られている。配布されるものはソースプログラム、利用のマニアル、実行形式のプログラムであり、手元に届いたソフトを手元のコンピューターですぐテストすることが可能である。
 我が国では何年にも亘って、毎年、膨大な国家予算を使ったソフト開発が行われてきたが、開発を担当した企業の他には、その存在さえも殆ど知らされていないし、実用になるパブリックドメインのソフトは皆無である。過去に開発したソフトの山は、会計法上の期限が過ぎるまで倉庫に眠って、その後は人知れず処分される。業界育成の為という大義名分からスタートした制度が、年月と共に予算だけが膨張して、今では国民の税金を使った業界の利権に化けているといっても過言ではない。国家予算を使って開発したソフトは、公的な共有財産であるから、米国のように一般に公開することが大原則で、一部の企業や団体が私物化するべきものではない。近頃、新聞紙上を賑わせている防衛庁の調達問題も、氷山の一角でしかない。米国に比べて、民主主義の歴史が浅いからと言ってしまえば身も蓋もないが、お上主導に慣らされた国民の責任でもある。
 今年から改正された基準法が施行される。性能保証という、設計者や施工者にとって極めて厳しい条件に切り替わるわけで、地震で倒壊した構造物の責任の所在が明確にされなければならない筈である。何時、何処に、どの程度の地震が起きるかという地震予知に関しては、現段階では不可能との意見の学者が多い。従って、地震の性質と建物に対する強度を想定して、それに対して安全であることを施主に保証する役割が設計者に課せられる。技術的な確認の為に用いるソフトの殆どは、NISEEから配布を受ければ非常に安価に整う。さもなければ、この不況のさなかにも高価なソフト業者のソフトに頼るしかない。

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設計法の抜本的改革(1999年1月11日)

 建築物は数多くの部品の集合体である。かつてはそれらの部品の殆どを現場加工、乃至はそれに近い加工法で製作していたから、設計の段階で全てを決定することは不可能であった。
 部品類の機械加工の精度は、工作機械のコンピューター制御の進歩によって向上し、全てといって良いほど屋内加工場で加工できるようになった。部品の工作を現場と離れた工場で行い、現場に搬入して組み立てる施工法が主流になっているのと対照的に、設計法の立ち後れが目立つ。
 鉄骨のプレート加工の工場では、夜間、真っ暗な工場で、孔明け加工のロボットが粛々として作業し、加工終了した板を別のロボットの手で移動し、次の板を所定の位置に設置する。無人の工場での作業には電灯も暖房も不要であるが、板のどの位置に如何なるサイズの孔を穿つかの情報は不可欠である。現在では、加工の為の情報を工作図等の情報から別途入力している。それ以前に施工図の承認などの事務手続きが必要であり、費やされる時間と費用が馬鹿にならない。設計方法を改革し、安んじて設計図通りに加工を行えるようにしたい。
 コンピューターの進歩と情報通信環境の整備によって、設計データを関連する全ての専門職の手に、必要な時期に必要な情報として送受信することが可能になっている。その場合、情報としての図面は、従来型の一般図と詳細図を別物として引くような、手画きのCADなどを使用した素手に近い設計法で作図したものでは用が足せない。一般図を原寸にまで拡大しても矛盾を生じないような設計図法が必要である。当然、設計データは全てコンピューター内部に建物モデルとして蓄積されており、図面はモデルを所定の平面で切った断面と見通しの線で構成される。この種の作図法による作図は、主として現場担当者の手によって生産設計として実験的に行われてきたが、設計担当技術者の反応は極めて鈍いものであった。設計者は施工にはなるべく立ち入りたくないという、技術の進歩から逃避するかのような批判的な意見まで寄せられたことさえもあった。
 加工精度の向上に見合った建物モデルの構築を如何にして行うか。このテーマは、建築という非常に多くの部品から成り立つ一品生産品の設計技術の問題である。性能が向上し、低価格で誰もが利用できるようになったコンピューターを道具として使用する。意匠、構造、設備の各技術者間を結ぶ情報の伝達は、電子メールで行い、専門の異なる設計者間の情報伝達に要する時間のロスを軽減する。一部では電子取引の実験を行おうとさえしているのに、設計者のみが旧態依然の状態で済むはずがない。

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